と金TOKING

みなさまお早うございます

「煙草1000円」で思いもかけず「将棋史」のトピックを盛り上げていただきました。と金掲示板にも世間を映すTOKINGの場があったほうがいいですね。(♪)

なおTOKINGも「と金」ですよ(歩歩)。HONG KONG(香港)、PING-PONG(ピンポン)と同じ。昔はPEKING(北京)とも書いたし。

さてコメントは「将棋史」などに捉われず幅広くお願いしますが、とりあえずそっちで出た話題と縁があることを二題。

● 尾鷲で内縁の妻が殺した夫の遺体を床下に隠すのを手伝った男逮捕。「象埋めて」と頼まれたという。
● オバマ氏がベルリンのブランデンブルク門の前での演説を希望したが、ベルリン市長は賛成、女首相は反対。ベルリンの壁崩壊の2年前レーガン大統領が、2年後クリントン大統領が演説している(多少不正確かも)。

♪ 当掲示板初期の「と金の歌Ⅰ」にもそのつもりはあったのですが、位置づけとも絡み、当時の情況からすこし理屈っぽいものになってしまいました。今度は気楽に参れますね。

投稿者: 歩曼荼羅華 投稿日時: 火, 07/22/2008 - 09:07 categories [ ]

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ライブの再現性 P7

マスター様>スタジオ経営者は如何にして演奏者のエゴをくすぐり、円滑に納めることが出来たでしょう

有~~無。マスターさんの英語クイズも面白くて難しいが、これも難問で御座いますなー。2,3日考えまする。

ヒントが有るが、詐欺師というのにも天才が居るらしいから、吾ら如きに想像(マタは創造)できるかなー。

寅○様>現場の熱の中聴くのと、家で俯瞰するのとは、同じ音楽でも全然楽しみ方が別物

成る程。愚の友人らの中では「音聴き爺さん」に近いが、クラシック音楽にはスコア(総譜)が有るが、ポピュラー音楽の演奏は即興的だから、聴き取りには別の意味が有るので御座いませう。特に寅○さんのように自分でも演る人の場合は研究や参考になるだろうなー。

それから、この世ならぬ音場に身も心も委ねて陶然とする人達も、演奏の妙な細部に感心して、自分の装置(+リスニングルーム+持って生まれた聴力と感性)でしか分からぬと悦に入ったりするなー。

クラシック派の権化は、一方で某海外オペラ招請団体の事実上のトップを長く勤めていたから、生と再生でやはりそれぞれ楽しんでいたのだろうが、「俯瞰」というクールなものではないのだろうなー。無論自分よりよく分かる人は超一流の指揮者以外居ないという位の自負心は持って居そうだなー。
         _____________

所で、自分のことについて一言書くと、現役時代、学閥政治の電話相談で40代頃から左耳が過敏になったのか、コンサートホールに行っても、左からより強い音が入ると不快だったから、客席では下手(左)を選ぶことにして居た。

所が、近頃、中央の席でもバランス良く聴けるように戻った。しかし年を取ってから耳が良くなることは考えにくいから、要するに左右の聴力が適度に衰えたのであろう。そのせいか演奏に対する寛容さも増した。

法則の名前は忘れたが、ラジオの時代から、周波数帯域(再生される最低音と最高音の幅)とダイナミックレンジ(音量の振れ幅)で、人間に最も快い比率が設計者の間では知られていた。だから昔のポータブルFMラジオでも高価なステレオでもそれぞれそれなりに快かったわけだ。人間の耳の老化も聴感バランス(左右のステレオ感よりは音色感だろう。)が取れているならば存外良いことやも知れぬ。

全くの仮説だが、数百万円のオーディオ装置に一千万円を超えうるリスニングルームを付けて音楽を味わうことの魅力の大部分は、様々なノイズや歪みの除去に依存するものだとすれば、耳が衰える途中で、適度なフィルターが掛かって、それらが感じにくくなるのは、聴く側としては――時に批評される側にとっても――素晴らしい幸福やも知れぬ。

ライブの再現性 P6  演奏した本人だって解らない

…知人にレコーディングスタジオを経営していた人がいます。

まあそれなりに本人達はパフォーミング・アーチストとしての(根拠不明かもしれない)自信・自負がありますから録音後のミキシングに色々口を出したがる訳ですね。

…でも現場のミキシング担当にとっては大きなお世話…と言うことらしい。

さて質問です。スタジオ経営者は如何にして演奏者のエゴをくすぐり、円滑に納めることが出来たでしょう?(詐欺レベルの閃きが必要です)

う~~ん・・

ある意味18歳で趣味趣向が固定(固着)してしまった私も、
スルメを噛み締める?「分解聴き」が好きなので、変態なのかもしれない。

全く趣味でもない歌謡曲・演歌でも、演奏を分解して聴くと、
味わい深いモノに出会う事も珍しくない。

40年近く通い続けている、お布施気分の高中正義ライブも、
最近ではEピアノの小島良喜を聴きに行ってたが、
ここ2年は彼が忙しくメンバーに入っていない・・

ギタリストの今剛やドラマーの村石雅行が聴きたいので、彼らがバックで参加するライブDVDを買い漁る。

現場の熱の中聴くのと、家で俯瞰するのとは、同じ音楽でも全然楽しみ方が別物だが、
昨今は、行くより家で噛み締める方が、随分と楽しい。かな!?

せやから、ブルーレイでちゃんとしたサラウンド聴きたいんじゃ~~

ライブの再現性 P5(続)  音聴き爺さん

諸賢は音聞き婆さんを御存じだろうか? 念のためネト繰った所読売新聞の2012年12月25日の記事が有った。

愚は音聴き爺さんを知って居る。恐らく常人離れした聴力とむしろ偏奇な執着心の持ち主だろう。

彼のオーディオは、必ずしも臨場感や音色に拘って居ない。只管「分解能」を求めている。そして彼は音楽を全く聴いて居ない。彼は音だけを聴いて居る。

つまりこういうことだ。彼はオーディオに関してはオーケストラにしか興味が無い。(学生時代は大学の合唱団員だったし、カミさんとお嬢ちゃんはバレーを嗜む。)

でスコアを見ながら、CDを掛け、全ての楽器の音が聴こえるかだけを確認し続ける。聴こえにくいことの見当が付く音は無論ある。同一楽曲の複数のCDをチェックして、こっちでは聴こえた、こっちでは駄目だった、生の演奏会では絶対に聴こえないから、CDを聴くことは、音楽の聴き方として、コンサートホールで聴くことより優れているというのが彼の主張である。

彼とて、若いころから爺さんだったわけではないが、今は理系の建設キャリアを引退して悠々自適の生活をして居る。しかし彼が在任中余り高い地位につかなかったこと、良い天下りをしなかったことを祈るのみだ。近頃の文系官僚が偏頗な人間だらけなことを嘆くが、彼を見ると文系の人間を必ずしも馬鹿には出来ぬから。但し愚との付き合いでも家族関係でも、この病的な音聴き趣味以外は完全に平凡な人物で、人格も普通だから、官僚としてはまともだったのやも知れぬ。

ライブの再現性 P5  十懐

ボナセーラ 盛り上がってますね。

愚が聞かせて貰った推定300~400万円(部屋に反響、残響の仕掛けをして居ればその分はマタ別)のシステムは、好事家の2つでしたが、どちらもこの世ならぬ音響世界だったけれども、正直言って愚には「猫に小判」(人間関係に配慮して大謙遜)で御座いました。印象を書くと

1.サラウンドでなく通常のLRのステレオだが、音場の中にフワッと包まれている感じ。
2.しかしフワッだから、逆に必ずしも臨場感が優れているわけではない。現実のシアター(歌劇場)やホールに居るのとは全く違う世界だ。
3.無論現実のシアターやホールには、主に人間が出す様々な雑音が有る。これが殆ど抑えられている空間は、マニアには理想的なもので、天上の楽園にいる至福の時を体験して居ることは理解できるが、余りにも非現実化されていて迫力が無い。
4.特にポピュラーのライブは、愚の余り知らぬ世界だが、大勢の群衆と一緒に盛り上がって居ること自体に相当な意味が有る筈だから、生のプレイヤーでないことだけでなくて、自分の隣から会場の中に居る生の聴衆の気配マタは熱気マタは息吹を切り捨てた再生にどの程度興奮できるのか?
5.クラシックの歌手の場合、リスニングルームに生の本人が居るように思うのは、愚のようにしょっちゅう演奏家を呼んでリサイタルなりコンサートなりを開催している人間が聴いて見ると、やっぱり一種の幻想でしかない。絶対にそれと、聴こえてくる音は違って居る。つまり彼らが聴いて居る音は、彼らが理想とする比較的純粋な物に加工された音像と抑制されたか増強されたかした音量の物だ。
6.音楽の演奏は、ウィーンを中心にして演奏者と聴衆とが「反応すること」の意義が強調されている時代だ。その思想は、少なくとピアノや電子楽器については、ヴィルトゥオーゾ(超絶技巧)が、AIによって容易に行える見込みが出た前世紀後半に起こった。
7.つまり数百万円の装置で再現される演奏は、大型スクリーンで再生される映画や映像同様に、生の物とは全く異なるものだ。映像が仮に3D化しても、幻想は強め得るが、本質は変わらない。
8.自分の演奏を再現することには、独特の要素が入っている。「鏡」を見て自分の姿に見惚れることは人によっては至福の時やも知れぬ。ただそのために必要なオーディオの質は、上記のような「聴くだけのマニア」のためのとは多分別物だろう。
9.それからプロ演奏家は、少なくとも働き盛りでは、自分の演奏をほれぼれと聴いて居る時間は殆ど無いものだ。
10.…

ライブの再現性 P4

いやいや、ボリュームノブは盲点だったワ。 $485っすか・・・
微妙な振動がアカンねやったら、噛みかけのガム貼り付けて調節したらエエねんわ~

んで、ケーブルに関しては、どんだけ~~ っは別としても、大なり小なり効果があるから、
金やらプラチナやら、高価な原料も仕方無いと思うっす。
とは言え、問題のほとんどが、ケーブル本体よりも、接点の問題やから、
埃・湿気に留意した空調と、極点メンテナンスが大事やと思うわ~
ワシ・ギターアンプのインプット穴には埃防止にダミー入れてるし、
数年に一度は、ギターもアンプもバラして接点復活剤で綺麗に磨いてるっす。
何が嫌いって、プラグ差し込んで「ジィ~~~~」って大きく鳴る感じ。
バックトゥザフューチャーの最初のシーンの耳鳴りやね!

それよりも、庭を掘り倒して埋めている、アース工事パラノイヤさん達は病気やね。
んなのに大金を払うくらいなら、良質の音楽家のレコード探せと言いたいね!

しっかし、新しいのは別としてブルーレイで発売するライブビデオが少なすぎるど~
一定のファンがいるミュージシャンは、旧CD・旧DVDをブルーレイで焼き直して欲しいわ~

ライブの再現性 P3 趣味の世界

趣味の世界も突き抜けると狂気の沙汰となります。

スピーカーに大枚使ってもそれなりに理解できないこともないです。でも突き抜けてあちら側に抜けてしまうと…

https://boingboing.net/2005/11/07/astronomically-overp.html
http://bobbyowsinski.blogspot.com/2012/05/485-volume-knob.html#axzz5ZjES...

$9,000するスピーカー・ケーブル
$1,500する電源コード

…そして極め付けは $480する木製の音量調整つまみ です。別世界だね、これは。

ライブの再現性 P2

この話題 あまり近づきたくはないけれど 

ま~ 最終はラッパかと 
小生の友人は 500万以上かけてますが そこまでの熱意はない 

昔ありましたね 音の夕映え という本 あれを読んで あきらめた
言い出したら キリがない とは 解った 

ライブの再現性

アナログに拘る、近づきたい、の究極はそこなんだと思うのですが、
そのライブ自体も会場により、出来が随分と違うので、
色と言うより、肉付け?て、より好ましいカラーにする!?

シンフォニーはわからんけど、大阪ではNHKホールが抜群!
ドームは話にならんから、加工し倒さなまともなライブビデオとして売り出せない。

クラシック、ジャズは特に愛演聴家と愛聴家とでは、
生の楽器の「ホントの」音を知る知らないの差が大きいので、
その辺りの感性には随分と差が有ると思うっす。

歌謡曲聴くなら、ステレオさえペルシャ。
東芝EMIやらエイベックスのデジタルに特化した音加工はボーズ向き!?

冬の音楽鑑賞は、音圧が鬱陶しく無いからエエっす。
ギターの生音もきめ細かくなる気がする〜
生声はアカンね。

オーディオ機器

…の究極の使命は 録音の再生・再現 であり、「色」を付けるのは邪道なのでは?…と小賢しく思ってみたのですが…

(…と言ってもプレス前に色々いじるでしょうからオリジナルなんてそもそも存在しない…か)

おフランスの怒り

昨夜寝しなに読んだ週刊新潮(先週号か今週号か覚えていない。)の巻末コラムで高山正之が書いて居ることが、例によって話半分にしても面白い。

曰く、仏印に日本軍が進駐したことで、アジア人に膝まずく白人を見た土人が自信と誇りを得た。その後色々有ったが、大事な植民地を失ったから、フランスの日本への憎悪はすさまじい。だからルノーを通じての日産支配は容易に諦めず、日本叩きは、それ以来の遺恨からただならぬものになる。

高山に言わせると、日産もマタ21世紀の仏植民地だった。経済・経営問題は壮絶バトルになるだろうが、それ以前に土人司法は、相当に騒がれるだろうなー。

マタそうだとすれば、日本はベトナムからの出稼ぎ労働者や技能実習生は心して大事に遇するべき。

オーディオに寄せて

寅○様>人気のないAKGとSHURのブースがやけに立派

成る程。

音楽のモニターとしての信頼度からは、密閉型ヘッドホンのクラシック音楽との親和性は欠かせないから、「神話」が崩れないのでせうかねー。その方面のプロ(放送局や録音技師など)は、もし本当により優秀な物がでても、安全性と色々な意味での安定性、価格面から、他の物に変えられないのでせう。

ちゃんと観察しているわけでは有りませぬが、マニアックな物だったKOSSは愚の現職時代に大衆向きを出して没落した。確かピエール・カルダンも一時大衆化を試みてブランド価値が下落した。(大塚家具も?) ゼンハイザーは脱落した?

>AV系は全部DENON

それは賢明でせう。昔は「コロンビア・トーン」という言葉が有った。物理特性でなくて「艶の有る音作り」が良かった。やはりレコード会社のセンス(耳マタは音楽的感性)の良さだった。中級辺りまでのアンプは値段の割に良く出来ていた。それを超えようと思うとラックスマンになった。強いて言えばその中間にサンスイが有ったやも知れませぬ。

>ビクターJVC

これは「健康感」という普通音楽やオーディオに使わないが(用心深く使わないと紛争が起こりかねませぬ。)、愚の心の中に常に有る評語がぴったりするような。KOSSやマランツ同様アメリカ的な音作り。

演奏については、ポピュラー音楽は勿論としてクラシックでもそうだ。いやアメリカではむしろポピュラーの方が時に憂愁や、知的繊細さを見せることが有るが、クラシックは基本的に呆気羅漢。

彼の国の演奏がそうであるように、あくまでも神経質にならず、オーディオでも音楽的エネルギーがこれでもかこれでもかと前に出て来る。同じアメリカのボーズは、特異な設計だが、更に能天気だ。

これに対して、戦後日本の多くの所謂音楽通は、気難しい顔をして、国産ウィスキーかジョニ赤かせいぜいでオールドパーをチビチビと舐めながら、演奏の中の陰影から何かメッセージをかぎ取ろうと、背伸びしながら(本人は自分だけ分かると悦に入って)一所懸命「鑑賞」して居たものだ。

これは物理学同様、四畳半的な物を引き摺って居るとも言えるが、特にクラシック音楽の場合、生の良い物に接する機会が殆ど無かったため、音楽以外(シャンソンは例外)の文化でおフランスに憧れるのと同様に、欧州の演奏の舞台を想像しながら疑似体験して居たせいだ。この場合音は 前に出て来てはならず、奥まった位地(舞台と客席を模す。)で響き 、ステレオ化した以後はそこに「定位」させることが必要だった。

>マイホール欲しい

今も藝大で続けられている安宅賞は、安宅コレクションの安宅英一氏(1977失脚)が基金を出したものだった。ネットには記載されていないし、真相は知らぬが、彼は優秀な若手女流演奏家に援助するために、自らホールを借り切って一人で聴いて審査し、一部を順次愛人にして居たとされる。(安宅賞は、安宅氏の失脚前に愚の友人[男]も取って居るから、女流演奏家コレクションとは別。)

ま、これが最高の贅沢で御座いませうなー。

愚は、誤留婦にネグレクトされると、「当店自慢の『瓶詰』定食」と謝辞を述べまする。同様に、オーディオはどんなに頑張っても「当家自慢の『 缶詰 』音楽」でしかないということを、友人や知人(有名なオーディオ誌著者も居た。)に言うことは・・・イタシマセン。

※ クラシック演奏でも、欧州の場合は、基本的に日本人の演奏よりは音楽としての生命力が、外面的(音量・声量)だけでなく内面的(精神的 音楽的オーラとでもいうべきか。)にも、抑えようとしても抑えきれないように溢れ出て来たリ迸ったりして居る。日本人の場合はエラーは無くとも、そういった音楽の原初的なエネルギーを感じられることは殆ど有りませぬ。

※ 愚が比較的最近、と言っても十年前やも知れませぬが、或る程度評価したヘッドホンメーカとしてベーヤーが有りまする。ただ愚は「缶詰」音楽は基本的に二級品マタは代用品だと思って居まする故、さしたる情熱が湧きませぬ。マタ、ヘッドホンは幾ら良い物でもスピーカーのほうが良いと思いまする。因みに若いころはスペンドールBCⅡとラックスマンのセパレートアンプと、メーカーは忘れましたが(ナカミチだったか?)当時20万円したCDプレーヤを使って居ました。しかしCDプレーヤーは数年後数万円の物の方が断然いいとメーカーの技師に言われました。(ただ「物理特性」と音の味わいは違いまする。)

なお愚の友人、知人には、オーディオ界の名士の他、ハーマンカードンの一本100万円のスピーカーを使って居たり、ブランドは忘れましたがタンノイの最上級品より高いのを使ったりしているのが居ました。でもやっぱり愚は生が良い、ま、これこそ趣味の問題であり、好き嫌いの問題で御座いませう。

自分が全く演れなくなった後、或る程度健康寿命が残って居たら、せいぜい自分のCD(第一級のホールでプロの録音技師が録音してくれたのが何十枚も有るけれども、一人前の値段を付けて販売したものは1枚だけ。)を、なるべく良い音で聴いて楽しむやも知れませぬ。

金目はワイヤーで引っ張ってるヨ!

この世界も、「高けりゃエエ」的な風潮があるから困る。
自分の演奏を聞くときは、意外と耳汗が困りますねん。
せやから、オーディオテクニカのATH-ADX5000やねんけど、密閉型に比べて低音がやっぱ弱すぎる。

梅田のヨドバシで聞き比べられるが、うるさい店内でスマホに繋げるだけやから良くわからん。
人気のないAKGとSHURのブースがやけに立派やけど、何か音の割には信用でけへん。
AV系は全部DENONやけども、ヘッドフォンは装着感がも一つ。
ミニコンポでウッドスピーカーがまあまあなビクターJVCがエエ気もする。

死ぬほど金があったら、オーディオルームならぬ、マイホール欲しいな~

ヘッドホン 昔のことしか知りませぬ

昔のことしか知りませぬ。愚の下に居た音響、画像のマニア(専門とも絡む。因みに公務員キャリア試験で理系の全国トップだった人。役人になる気は毛頭無いが東大の名誉のため秀才の権化に受けさせるのが慣行になって居る。)は当時KOSSの10万円位のを使っていた。確かに次元の違う素晴らしさだった。但しどちらかというとポピュラー向きだったかも。

彼と相談して研究室用(クラシック音楽用)には、約四十年前ですが、AKGのKなんとかという当時の最上位のを揃えました。これは秋葉原でゼンハイザーの何だったかと聞き比べました。AKGの方が音に艶というか潤いというか色気が有った。

オーディオテクニカは全てそれなりに優秀でしょうけれども、日本の物は音色に味が無いことが多いですね。ソニーもそう。測定してみると「物理特性」は舶来品より総じて優秀で御座いますが、音楽はそう言う物ではないのでした。両者ではオーディオテクニカの方が繊細感が有る。が、どちらもジョニ黒的(但し肝心の泥炭臭が無い)。ソニーはスッキリしているが済み切っているわけでもない。

ついでにデノンはジョニ赤的で、パイオニアには更に癖があるが、ジャンルによってはメリハリが利いて良いやも知れませぬ。

今私の手もとに有るのは、全部十年以上前のもので、シュアーの中級品でDJ用のSRH750DJは艶に欠ける。つまり魅力が無い。それから当時の評に有った通り装着感が良くない。† AKGのK340(今のカナル式と同一品番ですが昔風に頭から掛ける別物です。)はプラグアダプターを無くしたので、聴けませぬが、シュアーと大差なかったかと。ソニーの赤外線コードレスMDRーIF630Rは引っ越し作業でもする時でなければ、聴くべきに非ず。

寅○様は、ゴーンほどではなくても、金に糸目をつけなくても良い身分だから、秋葉原に3日くらい居続けて、自分の好きな音源を持参して、試聴して選ぶヨロシ。

そう言えば近頃は「ハイレゾ」対応がトレンドですね。その手の物だと国産の方が優秀やも知れませぬ。

† オーディオ誌のレビューで頭頂部が圧迫されると書いてあったのは、店頭でも実感したのだが、他の点は良かったので買った。しかし一所懸命音楽を聴くときは忘れているが、そう心地よいものでは無い。大失敗とまでは言えぬが、店頭では短時間の装着だから、軽く見て居たのは事実で御座います。

その点では全く格は違うが一頃ゼンハイザーで小型で装着感が丸で羽の髪飾り程度だった名品が有った。その後カナル型の時代になった。(が、愚には結局馴染みませんでした。)

今はオーディオ誌も様変わりしているだろうが、やはりプロの批評は(ギョーシャから金を貰って提灯記事を書いている場合を見抜いてその製品[必ず含まれている。]について割り引いて読みさえすれば)適切なものだということになりまする。

師走はご注意!

パスワードやら登録を変える際は、細心の注意をしましょう。
特に、社会的地位の高い方は、妬みやら恨みを買いやすいですから。

んな世情を悪用しようとした米長に、実名を開示された私ですが、
我の書き込みごときに、何を恐れたんやろか?

あれも知られてる?これも?と疑心暗鬼になったんやろか?

シノクマの休場逃避理由は聞いたけど、
竹俣さんの退会理由とか、意外と何も知らへんのに〜

教授、これぞ買え!と言うヘッドフォン教えて!
ワシ、耳当たりが一定やで、オーディオテクニカばっかり使ってます。
スマホ用は、結構高かったソニーより、中国製の1000円ちゃいなワイヤレスが、
意外と低音ずっしり。
村田和人の定期ライブが亡くなった為遠のいてたが、
明日は久しぶりに電車で京都河原町。
錦市場のコロッケ食べるかな〜

アコギだけで10本近く重ねてるらしい「雨のウェンズディ」を分解したみたい。
その、我が大瀧詠一も亡くなったのは12月だったっけ、、、

あわわ

寅○様ご指摘感謝。

急にどうされた?

白昼夢だった・・・

業務連絡 P4

webMaster◎tokinclub.com…は数年程使用していなく、使用したらエラーでまくるので駄目でした。

ユーザーアカウントページに表示されるメールアドレス(…accsnet.ne.jp)を現在使用のアドレスに更新お願い致します。

~~~~~~~~~~~

メールを新アドレスに送信しました。

業務連絡 P2

メールが以下の理由で届きませんでした。

Disk quota exceeded

許容量を超えたのでこれ以上受け取れない…とのこと。

貴乃花 P2

>>> そうなると面白いが。どこから出る? 
貴 も 原 も 参院全国区 
自民公認ですよ そうしないと スポーツ庁で相撲や陸上を担当できない 

特に 相撲協会 悩みは深し
原さん 陸上界のトップにかなり辛辣 ここも怖いかな 

でもね いいことだと思います 

貴乃花

維新力という関取が、若くして議員になっていましたね。公明党だったかな?
大鵬の娘婿、貴闘力ではない。最近娘が結婚した、長州力でもない。

>7月の参院選へ これで決まりでしょう

そうなると面白いが。どこから出る? 

貴ノ岩と貴乃花 P2

貴乃花
ま~ 来年4月まで TV番組に出演し 7月の参院選へ 
これで決まりでしょう 

貴に 議員の資質ありや ないが お粗末な議員は多くいる

そうそう 青学の原監督 彼も出るのでは こちらはOKでしょう 

削除願います

管理人様 削除願います。

歩曼様、業務連絡

登録されたメールアドレスが現在使用されてなければ更新をお願い致します。

削除願います

管理人様 削除願います。

何が本質か

小生は疑っているだけなのだが、と書いて、あれ、此処だけ取り出すと、なんかおかしいなぁー。
報知はメディアではあるのだから。そんなことを意味してはいないはずだが、と思って、
少し考えると、前後の文章からニュアンスは読み取れるだろうという前提で書いた事だったなぁーと。

読み取ってはいないわ、と思った。

しかし、おそらく主張の中心は、読者が購読しているから存在しているのだから、読者のレベルでは、立派な?メディアでしょと。
あくまで読者責任の産物。政治家も投票した者の責任、というごく当たり前のことかな。

小生の意図は、当該記事からは報知のメディアとしてのレベル(事実を報道するという点で特に)は低いのでは、という事だったが。

特に返事はいらないが、マスターさんは、メディアの当該記事についての評価はいかがかな。

報知のレベル P2

> そうですか。報知はメディアなのだろうかと疑いますね。

メディアであろうとなかろうと利益が取れる需要がある限り存在しますわな。供給はそれなりの需要を作るものです。

つまりはその程度の読者が十分に存在するということ。

執政者も然り、政治家は民意の凝縮ね。

報知のレベル

そうですか。報知はメディアなのだろうかと疑いますね。
記者と編集長の知的レベルが低い?まともな記者もいるだろうに、同類と思われたら気の毒。
まぁ、業界紙の中の低レベルと同程度か。

我が国は宰相からして、率先垂範しているからなぁー。
周りはそれを見て見ぬふりとか、すり寄るとかが、ほとんどなのだろうし。

奸物

◆元日馬富士、貴ノ岩「心配」…同じ過ちに声を震わせ心境
https://www.msn.com/ja-jp/sports/news/%E5%85%83%E6%97%A5%E9%A6%AC%E5%AF%...

この「 同じ過ち 」というのはトンデモナイ表現だ。

もう一つ許しがたい表現が有る。

●(日馬富士)自身が昨年10月に鳥取市内で振るった暴力は、 後輩の乱暴な振る舞いを改めさせる目的だった

何が「乱暴」だ。名誉棄損だろう。スポーツ報知はこのレベルか? こんなことだから相撲界も日本の政治も堕ちる一方なのだ。

佞人 中国人の偉大さを思う

その後の西川氏を見ていて、次第にこの言葉がピッタリ当て嵌まって行くことに驚く。

某ネット辞書>
〇 口先が巧みで表面上は従順だが、心中はよこしまでねじけている人。
〇 口先で他人をおとしいれ、自分の利益をはかる人。

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%B...
●(相次ぐ日産の検査不正発覚に際してゴーン同様西川氏が会見謝罪しないしないことについて)ある日産幹部は「社長は自身の非を認めない限り、謝ろうとしない性格だ」と嘆き

それにしてもこの言葉を作った中国人は偉大だなー。何世紀も後に、日本でピッタリ当て嵌まる人物が出ることを予見して居たようだ。

貴ノ岩

貴ノ岩。付き人が風邪薬を忘れたので何発か?殴ったと
(財布と伝えられていたが。またまたメディアの誤りか。信用無くすよ)。

よほどイライラしていたのでしょう。引退を決心するかどうかの瀬戸際?
もしくは決意していたので理由づけの為?。

この種のイライラは、思い切って、踏ん切りをつけないといけないでしょうね。

相撲取りが800人ほどいたとして、この程度の暴力が他の力士に起こっていないはずがないでしょう、と推測。
かん口令、口外厳禁なんでしょう。

こういう隠蔽体質の組織は長くないのだがなぁー。ゴーン日産みたい。
ところで、日大どうなった。

当然P5

貴乃花のことでやんす。

>貴ノ岩は、日本で貴乃花の庇護の下でもリンチに遭ったくらいだから、
>家族ぐるみで白鵬一派の大バッシング包囲網に絡めとられるモンゴルには帰れない。
>日本で何か生きる道が有ると良いのだが。

その通りでやんしょう。

>ゴーンは、強欲だったらしいが、グローバル基準から特段逸脱しているとも思えぬし、

日本基準から逸脱していれば日本で商売したらアカンでやんす。
レバノンでもブラジルでも、勝手、好き放題おやりなさればよろしいでやんす。

>違法性も玉虫色の範囲内で、検察のさじ加減一つで自由自在。

そうでやんす。自由自在でないお国は?ホクセン?

>後は裁判所の判断だ(100%公平かどうかは知らぬ)。

そうでやんす。最高裁判事の国民審査。判断材料である判決での判断結果を公表すべし。

当然 P4 ?  強ォーン欲

御両所の話は主に貴乃花のことでゴンスか?

「馬鹿に付ける薬は無い。」という程度の卑近な言葉がふさわしい男だったのかなー。

この頃自分の頭も心配なので、ツムラ薬品(御多分に漏れずここもインチキをやって居た。)の「草津の湯」の入浴剤を愛用して居まするが、やはり殆ど効かぬようでゴンス。

貴ノ岩は、日本で貴乃花の庇護の下でもリンチに遭ったくらいだから、家族ぐるみで白鵬一派の大バッシング包囲網に絡めとられるモンゴルには帰れない。日本で何か生きる道が有ると良いのだが。

ゴーンは、強欲だったらしいが、グローバル基準から特段逸脱しているとも思えぬし、違法性も玉虫色の範囲内で、検察のさじ加減一つで自由自在。後は裁判所の判断だ(100%公平かどうかは知らぬ)。

それにしても西川氏、幾ら何でもゴーンの後任を狙うのは恥知らずだろう。

当然P3

おそらく、つるし上げられたのでしょう。
で、もういいや。オレは自分の為にやっているのではないのに。
勝手にしてくれよ。疲れた。

というところかな。

彼の考えを実現していくという点では、必敗は当たり前でしょう。

進むも下がるも・・・、の状況で、どうふるまうか。

個人の勝手でしょ、と云われればそれまで。
だが、それはこちらも同じ、個人の勝手でしょ、の世界。

水掛け論というのかな、この手の事は。
とすると、カタルシス(笑い)だったか。

まあ、機会があれば、また展開するかな。

貴ノ岩騒動。協会現体制解体か。魁傑が理事長になった時のように。

当然 P2

ご本人の延命を考えた方法では無理でしょう
スポンポンになり 身を引くのが賢明
万が一 そうなれば 助かるか? 

当然

大塚家具。つぶしちゃいましたね。甘すぎると見ていたが。とても才媛とは思えぬ経営判断(安売り路線)。
当然ですか。

貴乃花がいなくなれば、貴ノ岩が相撲界で活動出来る素地は無くなったと見ますか。
貴乃花が相撲協会(親方業)をやめれば、景子さんが婚姻関係を継続する素地は無くなりますか。
貴乃花がグループから離脱すれば、阿武松以下親方連が、他部屋に吸収されるのは、当たり前ですか。

告訴を取り下げれば、協会の勝利は当たり前ですか。

乾坤一擲の状況下で、悪手をこれだけ指すと必敗は当然ですか。

あながち、結果論とは言えないでしょう。

ゴーンの行為は認めるわけにはいかない。日本は法治国家、法の運用は日本の権限。
庶民の目で見て、嘘つき、詐欺、盗人?と見なされる場合は、それが優先される方がよい。
勿論、情報は開示されていなければならぬが。

女賢うして牛売り損なう

大塚家具。

貴ノ岩、気の毒だなー。その前の貴なんとかの暴力事件も、貴乃花部屋全体が包囲網に有って居たから起きたことだ。

モンゴル部屋が集団で仕組んだ上のリンチ事件(百歩譲っても三横綱が呼び出した。)と、付き人への暴行はまるで違うが、マスコミも含めて一緒に扱う。大乃国も綺麗ごとを言って批判しているが、段々どす黒さが透けて見え始めた。

貴乃花は、離婚で、却って上げ潮だという。前夫人が羽ばたくことでシナジー効果が出るらし。僅かな光明だ。頑張れ。ゴーンも。

罰が当たったアメリカ

リットン調査団とルーズベルトの愚かさは、目新しい事ではないが、もう一人大馬鹿者が居たらしい。
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E5%98%98%E3%82%92%E7%99%BA%E4%BF%A...

今宵は読む気になれませぬが、馬鹿な指導者を持つと、国民も国家も大変だなー。無論不当に被害に遭った日本は大迷惑だった。日本の指導者は、もっと馬鹿だったから、被害が拡大したのだが。

ルーズベルトの後を継いだトルーマンは、無教養の極致とされる。マッカーサーに中国領土内への爆撃、進撃、核攻撃を止めさせたのも、馬鹿の判断ミスだろう。そうして居れば少なくとも今の南北分断国家は無かったのだから。

但し今の文以下の馬鹿さ加減を見て居ると、ベトナムのように統一国家のまま共産主義になって居たやも知れぬ。

いや文の思惑は、核保有のまま、一国2制度で北朝鮮優位の再統一らしい。とんでもない奴だが、敗戦国日本には何も出来ぬ。ただ太陽政策は付け込まれるだけだ。アメリカも貧乏になり始めて、漸くそれに気づき始めた。

技能実習生問題は現代の「徴用工」事件 P6

データが出た。

◆失踪実習生 67%が最低賃金未満 野党7党派が法務省調査を分析
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E5%A4%B1%E8%B8%AA%E5%AE%9F%E7%B...
(毎日)

法務省が閲覧を拒否して来た失踪生全2892件を野党議員が手書きで写した。1割の労働時間が過労死ラインを超え、時給93円というのも有った。

好き嫌いで言うと「したり顔」という適切な批評を見て以来嫌いになった――言葉の威力は凄い――オウム事件の有田氏が、久し振りに表に出て来て一所懸命やって居た。66才と未だ日本政界では十分若い。

これから逆に、戦時中の徴用工のことも、悪く推認されそうだ。ただその頃の日本人経営者層は今よりプライドも高く自信も持って居たし、皇国精神による国民教育に基づくものであるにせよ朝鮮人も天皇の赤子という一定の平等意識や尊重する気持ちがあった筈で、今ベトナム人等に対する気持ちよりは相当にマシだったのではないか。

舛添氏は父親が市会議員選挙に出たときのポスターを示して、当時の朝鮮人工員が悲惨な状況だったことを否定している。

土人礼讃(続4)

寅〇様>土方はちゃうやろ!

土方はギョーカイでは今でも普通用語で御座いますのんか。

さて我らの土人で御座いますが、意味は「未開」でも当たって居るけれども、やっぱり口語で人や自分を笑うときに使えないような言葉では、血や心が通って居らず、魅力マタはインパクトに乏しいと思いまする。

英語では、「野蛮(人)」(サベージ)は差別語でもポリティカリーに不適切でもなくて気楽に使いまするね。国際委員会でバッサリと何かを切り捨てたときに、「俺たちはなんて野蛮だったろう。」などと、喜んでいたりする。

この頃は賞賛するときも使ったりするようで御座います。酒仙さんやマスターさんの領分だけれども、昔「グレート!」だの「マグニフィセント!」などと言っていたところを「サベージ!」とやっても良い場面も有るのやも知れませぬ。

残念なことにネットではアーサー王伝説を産んだ「ケルト土人」は絶滅しました。ネットで確認したところ古めの辞書(斎藤英和)に残っている土人は3通りで、

ネイティブ➡土人
サザン・アイランダーズ(=南海島民)➡南洋土人
ホッカイドウ・アボリジナル➡北海道旧土人

つまり土人には未開・原始的・野蛮などという意味付けが本来的に有ったわけでは有りませぬ。本家の漢語でも同様だったらしい。
         _____________

来訪神は扨て措き、土人国家マタは、どうも魅力が無い言い方なれども、未開国家的司法(前者には「土俗的」――日本の旧習を保っている――というニュアンスも入っているのだが)。週末でテレビや新聞記事は無いようだ。今回は彼等でなくリーク元が役所だから休んでいるわけだが。

土方はちゃうやろ!

土を掘ったり盛ったりの工人やねんから、
底辺の職業的意味とは元々は関係あらへん。

出稼ぎ?やら、徴用誘拐してきて、技術のいらへん掘方が手取り早いから、
土方が蔑視的意味を持ち出したんやないかいな?
ワシらは、土方は普通で、蔑視では「アンコ」と呼ぶわな。

開きまくって方向音痴にり、足元がふらついた様を指し、
「未開人」ってのが適切かの?
宗教やらの、原点回帰な原理主義も、「発展途上の未開人」でええのとちゃうやろか?

ウサマビンラディンぐらいになると、「野人」やな。

銭は欲しくてグローバルとは言うけれど、
民族的価値観を脅かされるのを必要以上に恐る鎖国人は土人やど。

ワシ、コカコーラの無い世界は困る!
ノンシュガー、ノンカフェインのゴールドラベルは美味い。

土人礼讃(続3) 言葉狩りと自粛と (駒台は掌さ~ん!)

よこやり賀茂様 ご教示感謝。

「土工」という言葉は、今回思い浮かびませんでした。「土方仕事」や「どか(た)べん(とう)」のように比喩的に使われることが無いからで御座いますね。

来訪神を「土民的」というのは、敬愛マタは親愛と日本人のル―ツへの崇敬と誇りを籠めてだけれども、これをそのマニュアルのように「現地人的」・「先住民(族)的」と置き換えてしまったのではぶち壊しで有り、確実に「侮辱的」かつ「差別的」表現になりますから、愚自身は到底使えませぬし、他人が使った場合でも、少なくとも内心では、不適切だと思うでせう。

それでは今回の愚の実感マタは感懐マタは感慨をどのように表現すれば良いので御座いませうか?

無論学術論文風に書くのなら「土俗」的という言葉が有る。しかしそれは「上から目線」の「衒学的」表現――別の見方をすればしばしば背伸び人間的なもの――に過ぎず、自らも南洋の先住民と共通のルーツを持つ人間やも知れぬという思いは伝わらぬ。(※)

幸い物書きでないから、日頃の言葉遣いを咎められることも無い故、一々憤慨はしないけれども、少なくとも優れた文筆家の問題意識は、相当によく理解出来る思いで御座います。

一方で現在の日本の政治等の状況を「土人国家」と呼ぶのは、マタ別の感懐に基づくもので御座いますが、これもデファクトスタンダードで「現地人的国家」・「先住民(族)的国家」とやったらぶち壊しで御座いませう。弊害も生じる。

別の見方をすれば、言葉狩りの成果というよりは、言葉の文化的洗練の結果として「土人」が、「現地人的」・「先住民(族)的」の如く強い現実感、又は生々しい印象を与えない言葉に変わって来ているから、「土人○○」の方がある種の洗練された表現でもありうるのでは御座いませぬか?

どなたか試みに愚文を添削して下されませ。

※ 「土人的」でも直ちには伝わりませぬが、議論を続けて行く内にその気持ちが自ずと表れる。「現地人的」・「先住民(族)的」では、不可能。

「土人」・「土方」の扱い

言葉を扱う業界ではデファクトスタンダード的扱いを受けている
共同通信社の「記者ハンドブック」では「差別語・不快用語」と
定めたうえで、「土人」を「現地人・先住民(族)」に、
「土方・土工」は「建設労働者・建設作業員」に言い換えることを
推奨しています。

承前

>正しかったとなると、彼の主張は、そうでなかった場合よりも耳を傾けられるべきだろう。

ハマコーだって、同じでは。

誇大表現、拡張解釈。

土人礼讃(続々) オバマの先祖は不運な奴隷だった

表題の件について、ワシントンポスト(2012/6/30)の記事有り。
https://www.washingtonpost.com/blogs/she-the-people/post/obama-descended...

●オバマの母親は(白人とされているが)最初の黒人奴隷の一人として米国史上に名を残している「不運な」(誘拐・拉致による)男の、ひ・ひ・ひ・・・・・ひ(原文では正確に代数だけ繰り返されている。)孫だ。

別に丸山を擁護したいわけではないが、彼は(愚も当時そう思ったのだったが)間違って居たわけでは無かった。

もしかしたら偶然やも知れぬが、正しかったとなると、彼の主張は、そうでなかった場合よりも耳を傾けられるべきだろう。
         _____________

翻って日本の現状を見ると、来訪神のような良い意味の土人性と共に、アメリカの奴隷の子孫よりも、農奴・奴婢的な本性を残しているかに見える日本国民と、それに付け込んでいる支配層やどっぷりと浸かっている企業人や法曹人の姿に改めて嘆息する。嗚呼土人国家日本。

(蛇足) 井沢か出口だったかと思うが、古代日本の「生口」献上を奴隷でなく、「傭兵」輸出ビジネスだったとする説を述べ始めている。真否不明だが、今の日本人にせめて「傭兵」の気概有りや?

土人礼讃(続)

喝采様>ウィキネタ?

左様。丸山老の記事に有ったのだったか。コーユーことは、通常は皆遠慮して書きませぬ。(信憑性は知らず。暇を見て英文ウィキなどから当ってみまするかなー。)

土民、土方、土俗も減って来た。前二者は土人並みの扱い方かなー。しかしマスコミが皆いちゃもんを避けて横並びで表現が委縮するのは、正に土人国家的で、決して好ましいことではありませぬなー。それが今の政府迎合翼賛会的マスコミに繋がっている。

ゴーンに対する日産日本人幹部と検察は、朝日を含めて土人的だ。文春はケバイ程お祭り気分の記事の後に、17億円の件りを文末に突っ込んだものだが、それでも「取りやめた」旨をちゃんと書いていた。印刷は1日は前の筈だ。一方毎日は(多分朝日も)愚が見た限り未だにそれに頬かむり。読売はその後チェックする機会が無いが、或る程度文明的なのかなー。
         _____________

サイゾーの次の記事は、日本の土人性の一つの危険さを衝いている。「ガラパゴス日本」と陳腐・平凡・比喩的・観念的に呼んでいるのだが、つぎの部分のエスプリは、流石に見事な書き手だ。

●(三菱某は)「(解任しなければ三菱自を)レピュテーションリスク(評判を落とす恐れ)にさらすことになる」と述べた。これは明らかに日本市場を意識したものであろう。しかし、日本市場の販売台数(17年度)は全販売台数の1割程度であり(その半数は日本でしか売れない規制で保護された軽自動車)、欧州と北米の売り上げは30%を超えている。これにオーストラリアを加えると販売台数の4割近くに達する。推定無罪が前提の地域である。これでは、むしろ解任するほうが三菱自をレピュテーションリスクにさらすことになるのではないか。三菱自にとってどちらが重要な市場かは明白であるが(以下略)
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E3%80%90%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%8...

要するに、司法感覚が文明国と違うことで信用が下がるのが、いずれ販売に響くだろうというわけだ。コーユー危惧が、全くの杞憂ということは無いだろうから、問題は台数ということになるが。

承前

しかし、使わなくなったよねぇー。最近のマスコミは。

現地人、原住民とかで代用しているのかな。

>オバマの母親(白人)には奴隷の血が混じっているとされる

これは知らなかった。よく知られたことですか?ウィキネタ?

土人礼讃

宮沢章二(1919-2005)の詩の一節に

  飛んでくる飛んでくる土人の毒矢 ヒュー だちょうは走る

というのが有り、合唱曲になって毎年全国の恐らく中学から、大学、社会人まで何百人が歌い、何万人が聴いている。NHKを含めてFMでもテレビでも流される。

寡聞にして、今の所、背伸び道徳家達の「言葉狩り」の対象になったという話は聞かず。

土人と言えば、世界史では「ケルト土人」というのを教わった。既に1950年代の後半になっていた。カナカ、タヒチ、サモアも聞いたことが有るなー。南洋と南洋土人への憧れは、欧州にも、遅れて日本も起こった。

土人に差別的問題があるとすれば、北海道旧土人保護法辺りに連想が有るのだろうが、我々が過去の政府の用語のせいで良い言葉を禁じられることはなかろう。

土人は取り敢えず日本語だけの問題だが、“native”にポリティカルコレクトネスからの批判が働くか否やは知らず。

黒人となると、英語が本だからグローバルな問題になる。アメリカでも「黒人霊歌」が「ゴスペル」に変化した。芸術的主張も変化しつつあるかに見える。

特段取沙汰したいとは思わぬが、丸山老はときどき奇警な振る舞いをした。常識の埒を外したという意味では、別に悪い意味でなく、一流の人士だったのやも知れぬ。

丸山老の「奴隷」発言は、オバマの先祖が黒人国家の支配層で有って、奴隷(当然支配層の子孫も居た筈だ。)ではなかった認識が無かったところに、この御仁らしい早とちりの失敗が有ったのだろう。ただオバマの母親(白人)には奴隷の血が混じっているとされる。

ところで、来訪神、どう見ても土人的習俗が保存されている。素晴らしい事ではないか。

土人と黒人奴隷は全然意味がちゃう。

丸山の言いたいことは理解出来ない訳は無いけれど、

「今アメリカは黒人が大統領になっている。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。
奴隷がアメリカの大統領になるなんて考えもしない。それだけダイナミックな変革をしていく国だ」

黒人は全て「奴隷」だった!と言う認識がドアホなので、用法の根幹がグニュグニュになり、
ドリームなアメリカ礼賛が台無し・・・
こんなのが、アメリカ勤務経験もあり、アメリカに憧れる日本人の姿では無いだろうが、
ヒップホップな黒人ファッションのみ真似をしたがる猿土人共にも困ったもんだ。

アメリカでは、プエルトリコ父とフィリンピン母の間でハワイで生まれたブルーノ・マースが、
一番稼ぐ歌手の一人。
アメリカ発の音楽文化はワールドワイドでエエの~~
でも、エゲレスこそ、なんやら腰の据わったロックやわ。

そうそう

丸山弁護士だったっけ。議員兼職の。やらかして謝った?

違っていたらゴメン。

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